日本の不動産を売却する際、売主が非居住者または外国法人の場合であっても日本の所得税・法人税の申告が必要になります。また売主が居住者・内国法人のケースとは異なり、買主が売買代金の一部を源泉徴収して税務署に納付する義務を負うことになります。
この仕組みを知らずに決済を迎えてしまうと、買主は源泉徴収漏れによる不納付加算税・延滞税のリスクを負い、売主は確定申告義務を果たさないまま日本を離れることになりかねません。
この記事では、非居住者・外国法人が日本の不動産を売却するケースを対象に、源泉徴収の仕組み・税率・免除規定、そして売主の確定申告義務まで、実務の流れに沿って解説します。
課税の全体像:なぜ非居住者・外国法人が対象になるのか
国内源泉所得としての不動産譲渡所得
日本の税法では、日本国内にある不動産の譲渡から生じる所得は「国内源泉所得」に該当します(所得税法第161条第1項第5号、法人税法第138条第1項第5号)。
国内源泉所得は、非居住者・外国法人であっても日本で課税されます。これは、所得の発生地(源泉地)が日本国内である以上、売主が日本に住所を持つかどうかにかかわらず、日本に課税権があるという考え方に基づいています。
居住者・内国法人との違い
| 売主の属性 | 課税の仕組み |
|---|---|
| 居住者・内国法人 | 確定申告または法人税申告のみ。買主の源泉徴収義務なし |
| 非居住者・外国法人 | 買主が源泉徴収 → 売主が確定申告(還付または追納) |
居住者・内国法人であれば、売買代金は全額を受け取ったうえで、所得税・法人税の確定申告をします。一方、非居住者・外国法人の場合は、決済の時点で買主が代金の一部を差し引いて税務署に前払いするという仕組みが採られています。
なお、外国法人が日本に支店等のPE(恒久的施設)を有しており、不動産譲渡所得がそのPEに帰属する場合、PE帰属所得として法人税法上は扱われます。PE課税の全体像については、外国法人のPE課税実務もあわせてご参照ください。
買主に課される源泉徴収義務
源泉徴収の対象と税率
非居住者または外国法人から日本国内の不動産を購入する場合、買主は売買代金から源泉所得税を差し引いて納付しなければなりません(所得税法第212条)。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 源泉徴収の対象 | 売買代金の総額(譲渡益ではなく、代金全体)。手付金・残代金・固定資産税等の精算金を含む支払いの都度、源泉徴収が必要 |
| 税率 | 10.21%(所得税10%+復興特別所得税0.21%) |
| 納付期限 | 代金支払月の翌月10日まで |
| 納付先 | 買主の所轄税務署 |
注意点:源泉徴収の対象は「利益」ではなく「代金全体」です。たとえば1億円の不動産を購入する場合、買主は1,021万円(=1億円×10.21%)を源泉徴収し、売主には8,979万円を支払うことになります。売主にとっての実際の譲渡益が少額であっても、この計算方法は変わりません。過払いとなった分は、売主が確定申告で還付を受けます。
実務上の役割分担
不動産売買の決済現場では、司法書士・不動産仲介業者が関与することが一般的ですが、源泉徴収義務はあくまで買主(代金の支払者)にあります。
実務上は以下の点を事前に確認・整理しておく必要があります。
- 売主が非居住者・外国法人であることの確認(住所・登記情報・在留カードの有無等)
- 売買契約書への源泉徴収に関する記載
- 決済時の送金額の計算と源泉徴収税額の明示
- 翌月10日までの納付と所得税徴収高計算書(「非居住者・外国法人の所得についての所得税徴収高計算書」)の作成
- 買主が法人または不動産事業者(個人)である場合、「非居住者等に支払われる不動産の譲受けの対価の支払調書」を翌年1月末日までに税務署へ提出する
源泉徴収の免除規定(重要)
1億円以下・自己居住用の特例
以下の条件をすべて満たす場合、買主の源泉徴収義務は免除されます(所得税法施行令第281条の3)。
- 売買代金が1億円以下であること
- 買主が個人であること
- 買主が購入した不動産を自己または親族の居住用に供すること
この免除規定は「小規模な居住用不動産の売買に買主が巻き込まれる事務負担を軽減する」ための措置です。
免除の適用可否
| ケース | 源泉徴収の要否 |
|---|---|
| 買主が法人(内国法人・外国法人を問わず) | 源泉徴収あり(免除規定は個人買主のみ) |
| 売買代金が1億円超 | 源泉徴収あり |
| 買主個人が賃貸・投資目的で購入 | 源泉徴収あり |
| 買主個人が自己居住用で1億円以下 | 免除 |
売主(非居住者・外国法人)の確定申告義務
共通事項
確定申告の必要性
源泉徴収はあくまで「仮払い」に過ぎません。売主(非居住者・外国法人)は、実際の譲渡所得に基づいて確定申告を行い、税額の精算をする必要があります。
- 実際の税額 > 源泉徴収額 → 追納
- 実際の税額 < 源泉徴収額 → 還付(確定申告により還付請求)
前述のとおり、源泉徴収は代金総額を対象としているため、取得費・譲渡費用を控除した後の実際の譲渡益が小さい場合、多くのケースで源泉徴収額が過大となり、確定申告により還付を受けることになります。
譲渡所得の計算
譲渡所得 = 売買代金 ー 取得費 ー 譲渡費用
取得費には購入代金のほか、購入時の仲介手数料・登記費用・不動産取得税等が含まれます。取得費の証明書類(購入時の売買契約書・仲介手数料の領収書・登記費用の領収書等)は、申告の際に添付または保管しておく必要があります。書類の紛失等により取得費が証明できない場合は、売買代金の5%を概算取得費として使用することになります。なお、建物については償却費相当額を取得費から控除する必要があります(所得税法第38条第2項)。
譲渡費用には、売却時の仲介手数料・測量費・建物の取り壊し費用等が含まれます。
非居住者に対する課税
税率
非居住者個人の不動産譲渡所得は、分離課税の対象となります。
| 保有期間 | 区分 | 税率 |
|---|---|---|
| 5年超 | 長期譲渡所得 | 15.315% |
| 5年以下 | 短期譲渡所得 | 30.63% |
保有期間は、売却した年の1月1日時点での保有年数で判定します。
住民税
住民税は1月1日時点で住民登録がある方に課税されます。売却年の翌年1月1日時点でまだ住民登録がある場合には、住民税(長期譲渡所得:5%、短期譲渡所得:9%)も別途課税される点に注意が必要です。出国の際に住民票の異動手続きを行っておくことが重要です。
3,000万円特別控除の適用
3,000万円特別控除(マイホームの売却益に対する控除)は、居住者・非居住者を問わず適用が可能です。主な要件は以下のとおりです。
【譲渡する資産の要件】
かつて生活の本拠として居住していた家屋(およびその敷地)であること。別荘・保養目的・一時的入居目的の家屋は対象外。
【譲渡時期の要件】
住まなくなった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに譲渡すること。例えば2023年中に出国した場合、2026年12月31日が期限となります。
【その他の要件】
- 前年・前々年にこの控除や特定の買換え特例の適用を受けていないこと(3年に1度の制限)
- 買主が配偶者・直系血族・生計を一にする親族・同族会社等でないこと
- 確定申告が必須。非居住者の場合、かつて居住していた事実を明らかにする戸籍の附票の写し等の添付が必要
申告期限
売却した年の翌年2月16日から3月15日まで。
外国法人に対する課税
外国法人が日本の不動産を売却した場合、譲渡所得は法人税の課税対象となります。法人税率は内国法人と同じく23.2%(中小法人の800万円以下は15%)です。なお、地方税(法人住民税・法人事業税)については、外国法人がPEを有しない場合には原則として課税されません。
申告期限は、事業年度終了の日から原則2か月以内です。
租税条約による軽減・免除の可能性
不動産条項の一般的な規律
日本が締結している租税条約の多くは、不動産の譲渡から生じる所得は所在地国(日本)が課税できると規定しています(OECDモデル条約第13条第1項に対応)。
日米租税条約・日英租税条約・日独租税条約いずれも、日本国内の不動産譲渡所得については日本の課税権を認めており、条約によって源泉徴収・申告義務が免除されるケースは実務上ほとんどありません。
租税条約の基本的な仕組みについては、租税条約とは?基礎知識をご参照ください。
不動産関連法人の株式譲渡との違い
なお、日本の不動産を直接売却する場合ではなく、不動産を主要資産として保有する法人の株式を譲渡する場合には、異なる課税関係が生じます。この点については記事18(外国法人による日本株式譲渡と課税)で詳しく解説していますので、あわせてご確認ください。
実務フロー:売却決済から申告まで
以下に、非居住者・外国法人が日本の不動産を売却する際の実務フローを整理します。
【Step 1】売主の属性確認
├─ 居住者か非居住者か(在留カード・住民票の有無等)
└─ 個人か法人か(外国法人登記の確認)
【Step 2】源泉徴収の要否判断
├─ 非居住者・外国法人 → 源泉徴収あり(原則)
└─ 免除条件の確認(個人買主・1億円以下・自己居住用)
【Step 3】決済時の源泉徴収
├─ 手付金・残代金等の支払いの都度、代金 × 10.21% を差し引いて売主に支払い
└─ 翌月10日までに所轄税務署へ納付
【Step 4】売主の確定申告・還付申請
├─ 申告期限:原則として翌年3月15日(非居住者個人)
│ 事業年度終了から2か月以内(外国法人)
├─ 課税所得の計算・取得費の証明書類の準備
└─ 源泉徴収額が多い場合 → 還付申請
納税管理人の選定
日本に住所等がない売主(非居住者・外国法人)が確定申告を行う場合、納税管理人を選定して税務署に届け出る必要があります(国税通則法第117条)。納税管理人は日本国内に居住する個人または法人であれば誰でもよく、税理士に委任するケースが一般的です。
出国前に納税管理人を選定し、「納税管理人の届出書」を提出しておくことが重要です。届出をせずに出国した場合、税務署との連絡が困難になるだけでなく、期限内申告ができないリスクがあります。
実務上よくある論点・注意点
売主が出国後に申告義務を知らないケース
非居住者が日本の不動産を売却した後、確定申告義務の存在を知らずに申告しないケースは少なくありません。申告期限を過ぎてから税務署の指摘を受けた場合、無申告加算税(最大30%)・延滞税が課される可能性があります。不動産売却が確定した時点で、早めに税理士に相談することが重要です。
源泉徴収漏れが発覚した場合
買主が源泉徴収をしなかった場合、税務署から不納付加算税(原則10%)および延滞税が賦課されます。誤りに気づいた場合は速やかに自主的に納付することで加算税が5%に軽減されます。
過大源泉徴収の還付
源泉徴収額が実際の税額を上回る場合は、確定申告により還付を受けることができます。還付には時効(5年)がある点に注意が必要です。
まとめ:チェックリスト
買主側のチェックリスト
- ☐ 売主が非居住者・外国法人であることを事前に確認した
- ☐ 源泉徴収免除の条件(1億円以下・個人買主・自己居住用)に該当するか確認した
- ☐ 手付金・残代金等の支払いの都度、代金 × 10.21% を源泉徴収する準備ができている
- ☐ 代金支払月の翌月10日までに納付する日程を組んでいる
- ☐ 所得税徴収高計算書(「非居住者・外国法人の所得についての所得税徴収高計算書」)の作成・提出を担当者に割り当てている
- ☐ 法人または不動産事業者(個人)の場合、支払調書を翌年1月末日までに税務署へ提出し、売主にも交付する手続きを確認している
売主(非居住者・外国法人)側のチェックリスト
- ☐ 出国前に納税管理人を選定・届け出た
- ☐ 住民票の異動手続きを行い、翌年1月1日時点の住民登録の有無を確認した
- ☐ 取得費の証明書類(購入時の契約書・領収書等)を準備している
- ☐ 確定申告の期限(翌年3月15日 or 事業年度終了から2か月)を把握している
- ☐ 源泉徴収額と実際の税額の差額(還付 or 追納)を試算した
非居住者・外国法人の不動産売却は、買主・売主の双方に手続き上の義務が生じる複雑な取引です。特に源泉徴収漏れは買主に直接ペナルティが及ぶため、売主の属性確認は売買契約の締結前に行うことを強くお勧めします。
個別の案件については、クロスボーダー税務を専門とする税理士への相談をご検討ください。


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